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奈良地方裁判所宇陀支部 昭和43年(ワ)15号 判決 1970年9月21日

原告 国

訴訟代理人 津中義明 外一名

被告 山口春次 外五名

主文

一、被告山口春次は原告に対し金一〇四万四三三一円およびこれに対する昭和四四年三月三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、原告と被告山口春次との間では原告について生じた訴訟費用を二分し、その一を同被告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告とその余の被告らとの間では全部原告の負担とする。

四、この判決は、原告の勝訴部分につき仮に執行することができる。

事実

(原告の陳述)

第一請求の趣旨および申立

一、原告に対し、被告山口春次は金一〇四万四三三一円及び内金二九万四三三一円に対しては昭和四二年八月三一日から、その余の金員に対しては昭和四三年九月一四日から、それぞれ支払済まで年五分の割合による金員を、被告藤岡秋義、同山口ミヨコ、同藤岡一義、同増田ヒロコ、同藤岡春義は各自金二〇万八八六六円及び内金五万八八六六円に対しては昭和四二年八月三一日から、その余の金員に対しては昭和四三年九月一四日から、それぞれ支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告らの負担とする。

三、仮執行宣言

第二、請求原因

一、交通事故の発生と、それによる訴外梶岡逸郎、同梶岡健和の受傷。

(一) 発生の日時 昭和四〇年一一月二一日午後九時頃

(二) 発生場所 奈良県宇陀郡大宇陀町五津四八番地先の路上

(三) 加害者 訴外亡藤岡吉五郎(以下単に吉五郎という)

所有の小型四輪貨物自動車(登録番号奈四な六二七六)(以下本件自動車という)

(四) 運行供用者 亡藤岡吉五郎

運行供用者兼運転者 被告山口春次

(五) 被害者 梶岡逸郎(事故当時二八才) 梶岡健和(事故当時三一才)

(六) 態様 亡藤岡吉五郎の被用者である被告山口春次は雇主所有の本件自動車を運転して、前記道路上を南より北進中反対方向から直進してきた被害者梶岡逸郎(後部荷台に被害者梶岡健和が同乗)運転の第二種原動機付自転車と正面衝突し、同人らに傷害を与えたものである。

(七) 傷害の態様 (1) 被害者梶岡逸郎の傷害

右大腿骨、腓骨、膝蓋骨皮下骨折、右下腿膝部挫傷及び後遺症として右膝関節運動障害

(2)  被害者梶岡健和の傷害

右上腕骨、腓骨骨折、右下腿骨開放性骨折骨髄炎及び後遺症として右膝関節、右股関節、右足関節運動障害

二、損害の内訳

(一) 梶岡逸郎の損害

(1)  財産的損害

(イ) 治療費 金一三七、二八八円

(奈良県榛原町立病院及び奈良県立医科大学附属病院における昭和四〇年一一月二一日から昭和四二年一月までの治療費金二七二、九五七円から国民健康保険法により給付された金一三五、六六九円を控除したもの)

(ロ) 雑費 金一、五〇〇円

(松葉杖購入代)

(ハ) 逸失利益金四〇六、〇〇〇円

(被害者の日給一、〇〇〇円を基礎にして労働不能日数四〇六日分の逸失利益を算出した

1,000×406 = 406,000

(2)  精神的損害

慰謝料 金三〇〇、〇〇〇円

(本件事故により被吉者の受けた傷害及び後遺症についての精神的肉体的苦痛による損害)

(3)  損害額合計 金八四四、七八八円

(二) 梶岡健和の損害

(1)  財産的損害

(イ)  治療費 金一、〇二九、五六二円

(奈良県立医科大学附属病院における昭和四〇年一一月から昭和四二年一月までの治療費金二〇五九、一二五円に対する国民健康保険負担分一〇〇分の五〇を控除したもの)

(ロ)  逸失利益 金一、一三七、〇〇〇円

(被害者の日給一、〇〇〇円を基礎にして労働不能日数一、一三七日分の逸失利益を算出した

1,000×1,137 = 1,137,000

(2)  精神的損害

慰謝料 金三〇〇、〇〇〇円

(本件事故により被害者の受けた傷害及び後遺症についての精神的肉体的苦痛による損害)

(3)  損害額合計 金二、四六六、五六二円

三、被告山口春次、亡藤岡吉五郎の帰責の事由

(一)  根拠法条 自動車損害賠償保障法(以下自賠法と略称する)第三条本文

被告山口春次につき、予備的に民法第七〇九条

(二)  該当事項 (1) 亡藤岡吉五郎は皮革業を営むものであり、事故当日、被用者である被告山口春次が亡藤岡吉五郎所有の本件自動車を私用ため運転して本件事故を惹起したものであるが、亡藤岡吉五郎は本件自動車になお支配を及ぼしていたものと認められるので運行供用者に当る

(2) (イ)被告山口春次は、本件自動車を自己の所用のるため運転中、本件事故を起したものであから、運行供用者に当る

(ロ)仮に運行供用者に当らないとしても、通行区分のない道路において対向車とすれ違う場合、対向車の動向によく注意して、自動車を道路左側に寄せ急停車し得るよう徐行するなど万全の措置を講じて自動車を進行させるべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、無免許でしかも飲酒して、正常な安全運転ができない危険状態を知りながら運転したものであるから過失がある

四、亡藤岡吉五郎の死亡による相続

(一)  亡藤岡吉五郎は昭和四二年五月一〇日死亡したので、嫡出の子である被告藤岡秋義、同山口ミヨコ、同藤岡一義、同増田ヒロコ、同藤岡春義の五名が法定相続分である各五分の一の割合で、共同相続した

(二)  そのため右吉五郎の訴外梶岡逸郎、同梶岡健和に対する各損害賠償債務も右被告五名が各五分の一宛を相続により承継した。

五、原告の代位

(一)  根拠 自賠法第七二条第一項、第七六条第一項

(二)  該当事実 本件自動車は無保険であつたので、被害者らの請求により、原告は昭和四二年八月三〇日被害者梶岡逸郎の代理人安田火災海上保険株式会社に対し金二九四、三三一円を、昭和四三年九月一三日被害者梶岡健和の代理人安田火災海上保険株式会社に対し金七五〇、〇〇〇円をそれぞれ支払つた

(三)  原告の取得した債権額

(1)  被告山口春次に対し

(イ) 金二九四、三三一円(梶岡逸郎分)

(ロ) 金七五〇、〇〇〇円(梶岡健和分)

合計 金一、〇四四、三三一円

(2)  被告藤岡秋義、同山口ミヨコ、同藤岡一義、同増田ヒロコ同藤岡春義各自に対し

(イ) 金五八、八六六円(梶岡逸郎分)

(ロ) 金一五〇、〇〇〇円(梶岡健和分)

合計 金二〇八、八八六六円

(右保障法七六条一項)

(四) 遅延損害金

(1)  起算日 代位の日の翌日

(イ)  梶岡逸郎分につき昭和四二年八月三一日

(ロ)  梶岡健和分につき昭和四三年九月一四日

(2)  割合 民法所定の年五分

(被告山口春次の陳述)

同被告は、公示送達による呼出を受けたが、本件口頭弁論期日に出頭しなかつた。

(被告藤岡秋義、同山口ミヨコ、同藤岡一義、同増田ヒロコ、同藤岡春義の陳述)

第一、右被告らの求める判決

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

第二、請求原因に対する答弁

一、事実の認否

(一) 請求原因第一項中

(一)(二)の事実は認める。

(三)の事実中、本件自動車が訴外藤岡吉五郎の所有であることは否認するがその余は認める。

(四)の事実のうち吉五郎が運行供用者であることは否認するがその余は認める。

(五)の事実は認める。

(六)の事実中、被告山口春次が吉五郎の被傭者であることは否認するが、その余は認める。

(七)の事実は不知

(二)請求原因第二項の事実はいずれも不知

(三)同第三項の(二)の(1) の事実についてはそのうち吉五郎が皮革業を営んでいたことは認めるがその余は否認する。

(四)同第四項の(一)は認めるが、(二)は否認する。

(五)同第五項のうち、(二)についてはそのうち本件自動車が無保険であつたことは認めるが、その余は争い、(三)(四)の各事実は全部争う。

二、被告らの主張

吉五郎は、昭和四〇年一一月一〇日頃、日浦モータースこと訴外日浦照矩に対し、車体検査のための修理点検を行うために本件自動車を預けた。その後、同月一九日に至り、吉五郎は訴外奈良近畿日産自動車株式会社との間で、本件自動車を下取車として同会社より新車を買入れる契約をなした。そして、同月二一日、すでに同年八月一〇日に解雇され、吉五郎の被傭者たる身分を失つていた被告山口春次が勝手に訴外日浦が保管中の本件自動車を同人から借り出して運転し、本件事故を起したものである。従つて吉五郎は、被告山口春次の運行につき何ら支配力を及ぼし得ない関係にあつたもので運行供用者の立場から離脱していたものというべきであり、自賠法三条の運行供用者としての責任を負うのではもない。

〈証拠省略〉

理由

第一、書証の成立の真否〈省略〉

第二、交通事故の状況と被害者の負傷

〈証拠省略〉によると次のような事実が認められる。すなわち、被告山口春次は、昭和四〇年一一月二一日午後九時頃、奈良県宇陀郡大宇陀町五津四八番地先の路上において、本件自動車を運転して南より北に向つて進行中、反対方向から右路上を進行してきた訴外梶岡逸郎運転の原動機付自転車と衝突し、同人およびその自転車の後部荷台に同乗していた訴外梶岡健和の両名を道路脇の田圃に転落させ、その結果右両名に、原告主張の請求原因第一項の(七)記載のとおりの傷害を与えたものである。(被告山口春次以外の被告らに対する関係では、以上の事実のうち、事故発生の日時場所、運転者および加害車両、被害者の氏名年令が右のとおりであることは当事者間に争がない。)

第三、被告山口春次に対する請求の当否

一、〈証拠省略〉によると、同被告は、右事故当日、榛原駅で待ち合せている友人と知人の結婚式の打ち合せをするため大宇陀町から榛原町へ行こうとして、訴外藤岡吉五郎が自動車修理業日浦モータースこと訴外日浦照矩方に預けてあつた本件自動車を借出し、これを運転して榛原町へ行く途中、本件事故を起したものであることが認められる。従つて、同被告は自己のために本件自動車を運行の用に供していたものでありその運行によつて前記認定のとおり、訴外梶岡逸郎および同梶岡健和の両名の身体に傷害を与えたものであるから、自賠法第三条により、右被害者両名に対し、これによつて生じた損害を賠償する責任がある。

二、〈証拠省略〉を総合すると、原告主張の請求原因第二項の(一)の(1) および(二)の(1) の各事実を認めることができる。また、前記認定にかかる被害者の負傷の程度、右各証拠によつて認められる被害者の治療の経過、現在の身体障害の状況、その他本件事故に関する諸般の事情を考慮すると、被害者両名が本件事故によつて蒙つた精神的苦痛に対する慰謝料として、原告の主張する各三〇万円の金額は相当と認められる。従つて、右被害者両名は、被告山口春次に対し原告主張のとおりの損害額につき、損害賠償債権を有するものと認むべきである。

三、〈証拠省略〉により、原告主張の請求原因第五項の(二)の事実を認めることができる。従つて、自賠法第七六条第一項により、原告は、被害者両名の被告山口春次に対する前記各損害賠償債権を、右各損害てん補の支払額の限度で取得したことになる。

四、以上の事実によると、原告の被告山口春次に対する請求は正当である(但し、遅延損害金の起算日は自賠法の損害てん補による求償については民法第四四二条第二項のような規定がないので、代位の日の翌日から当然に遅延利息を請求し得るものではなく、従つて、訴状送達の翌日であることが記録上明白な昭和四四年三月三日からとすべきである。)から認容する。

第四、被告山口春次以外の被告らに対する請求の当否

一、原告の右被告らに対する請求は、吉五郎の本件自動車の運行供用者としての損害賠償義務を右被告らが相続したことにもとづくものであるから、先ず、吉五郎が本件自動車の運行供用者に該当するか否かを確定することが必要である。

二、〈証拠省略〉および弁論の全趣旨によると、次のような事実が認められる。すなわち、本件自動車は吉五郎が所有していた(但し、同人が病身であつたため実際には同人家業も、同人の四男である被告藤岡一義が経営にあたつており、従つて、その営業用の本件自動車も現実には同被告が吉五郎に代わつて管理していたものである。)が、本件事故当時、本件自動車は同被告が自動車修理業の訴外日浦照矩に車体検査に備えて修理点検をするために同人に預け、同人においてこれを保管中のところを、被告山口春次が、吉五郎あるいは被告藤岡一義に無断で、右日浦より借出して運転し、本件事故を起すに至つたものである。

三、自賠法第三条の運行供用者というためには、その自動車につき運行支配と運行利益をもつものでなければならないと解されるのであるが、右認定のように、本件自動車は、事故当時所有者である吉五郎が自動車修理業者に修理のため寄託中であつたものである。このように、自動車修理業者が保管中の自動車については、その間の管理責任は全面的に修理業者に委ねられており、従つて、運行支配もその修理業者の意思によつて行われ、一方修理を依頼した所有者の方は、その自動車を自ら使用し、あるいは使用保管につき指図をなし得ない状態にあるのが普通であるから、このような場合には所有者はその自動車の運行を支配し得る立場にはないものと見るのが相当である。従つて、その所有者は運行支配者としての地位から離脱しているものと認むべきであり、修理業者保管中の自動車については原則として所有者は運行供用者にはならないものと考えるべきである。もつとも、本件の場合、被告山口春次が、右修理業者保管中の本件自動車を借り出して使用したものであり、しかもその借り出して使用した者が所有者に雇われていた(事故当時にも雇傭関係が存続していたかどうかにつき争があるが)者であつて、無関係な第三者ではないために、同被告が修理業者から借り出したことにより、その自動車が所有者の運行支配下に復帰したものと見る余地があるので、その場合の運行支配が何人にあるかにつきなお問題が残る。しかし、仮に事故当時、原告主張のように同被告と本件自動車の所有者との間に雇傭関係が存続していたとしても、同被告が本件自動車を借り出すについては所有者の承諾はなく、無断使用であることは前述のとおりであり、たとえ同被告が自動車の所有者の被傭者としてその監督下にある者とはいえ、自動車の持出自体が所有者の意思にもとづかないものである以上、それによつて寄託物が修理業者から所有者に返還されたものと見ることはできず、従つて、所有者の運行支配下に復帰したものということはできない。運行支配を有する者の従業員が無断運転した場合とは異なり、この場合にはそもそも所有者は運行支配を有しないのであるから、所有者と無断運転者との間の雇傭関係があつたにせよ、その無断運転が業務の執行についてのものとして使用者責任を問われることはあり得るにしても、運行供用者としての責任を問われることにはならないと考えられる。

四、そうすると、吉五郎は、本件交通事故に関しては、運行供用者の地位にはなかつたものといわなければならないから、その余の点につき判断するまでもなく、吉五郎には自賠法第三条にもとづく損害賠償責任はなく、従つて、原告の被告山口春次以外の被告らに対する請求は失当である。

第五、結語

以上の理由により、原告の本訴請求は、被告山口春次に対する関係では前記の限度で正当であるから認容するが、その余は失当であるから棄却し、その余の被告らに対する請求は全部失当であるから棄却することとし、民事訴訟法第八九条、第九三条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋史朗)

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